8月4日(金)成田=イスタンブール
◆アララット山は旧約聖書創世記に登場する「ノアの箱舟」伝説の名峰でありマルコ・ポーロがロシア側から見たと東方
見聞録に記載されている。
8月5日(土)イスタンブール=ワン=バス=ドゥバヤジット
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ヒルトンホテルからのイスタンブールの夜明け
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ワンの空港で荷物を積み込む |
ソーダ水の湖(白いのがソーダ水) |
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8月5日(土)の休憩場所 |
シムエールホテルの夕食 |
スープ |
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シムエールホテルの夕食 |
シムエールホテル |
シムエールホテルから見たアララット山 |
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トルコで旅行中良く飲んだビール |
シムエールホテルの「ノアの箱舟」の絵
(ノアの箱舟がアララット山から滑った)
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ホテルの庭にあった「あんずの木 |
◆ホテルの庭にあった「あんずの木」は採って食べたが美味しかった。
8月6日(日)シムエールホテル=バス=登山口〜ベースキャンプ
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登山口(荷物を運ぶ馬が待っている) |
遊牧民の子供 |
クルド族の放牧民の物売り |
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荷物を運ぶ馬 |
クルド族の放牧民の子供達 |
ベースキャンプ(3340m) |
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ベースキャンプのキッチンテント |
ベースキャンプのキッチンテント |
◆3200mベースキャンプは実際は3340mあり緑色の草があることからグリーンキャンプとも言われている。アタック
キャンプまでは雪のない時期ならば馬とロバが全ての荷物を運んでくれるので楽だった。ベースキャンプに着いてから
3500mまで高度順応をしに行く。
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フランス隊 |
ベースキャンプからのアララット山 |
8月7日(月)ベースキャンプ〜アタックキャンプ
◆3800mアタックキャンプ言われている場所は実際は3700mしかなく4200mキャンプと言われている場所は410
0mしかない。アタックキャンプ(4100m)から4300mまで高度順応をしに行く。
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8月7日(月)ベースキャンプの朝食 |
トルコ隊 |
アタックキャンプからのアララット山 |
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ケルン |
荷物を運ぶ馬 |
小アララット山 |
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かわいいロバ |
ロバも荷物を運ぶ |
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夕方のアタックキャンプで |
氷河が溶けて崩れている |
8月8日(火)アタックキャンプ〜アララット山〜アタックキャンプ〜ベースキャンプ
◆アララット山は5165mと記載されているものもあるが今回GPSで5137mが本当だった。登頂日のこの日は12:0
0起床、カップ麺の「マーボーラーメン」と「きつねうどん」(小)を食べてコーヒーを飲んで1:10出発、7:00山頂、9:50
アタックキャンプ着、アタックキャンプで昼食をしてテントをたたんでだらだらとベースキャンプへ降りる。
◆ピッケルは一応持っていったがやはり必要なかった。
トルコ最高峰アララット山(5137m)登頂
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アララット山の下りで |
山頂からパラグライダーが飛んだ |
◆登頂日のこの日は全く眠れなかったのにベースキャンプへ降りてもぜんぜん眠くなく水場を発見したので及川さんと
頭を洗いに行く。お茶の後も外でしゃべっていたら馬使いが来て馬に乗せてくれた。30分20リラ又は10ユーロで好き
な所へ連れて行ってくれて良い暇つぶしになり楽しかった。トルコ料理は世界三大料理の一つと言われており街中の食
事は勿論、テントでの食事も文句のないうまさで最高でした。食べ過ぎてしまった。
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馬に乗る |
小麦のピラフとインゲンとトマト煮込み |
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乗馬 |
楽しかった乗馬 |
8月9日(水)ベースキャンプ〜登山口=バス=シムエールホテル〜裏山に化石採り〜シムエールホテル
◆山での最後の朝、いろいろな人と記念撮影をして写真を撮りながらのんびり下った。
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コックの二人と |
北村ガイドと |
◆今回、日本から同行したガイドは私より一つ年上の北村俊之国際山岳ガイドです。8000m峰を6座も登頂している
(5座は無酸素)、岩、氷のれっきとしたクライマーである。
◆ヨセフはトルコの山岳ガイドの資格を持っているがカッパドキアで週3回、高校生に体育を教えている先生です。今は
夏休みなので山のガイドをしている。アララット山は年に5、6回は登るそうです。ケナンは英語と日本語のツアーガイド
で本来はアララット山のベースキャンプまでですが今回、山頂まで行って高山病になってフラフラでした。
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アララット山をバックに |
ヨセフとケナン |
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大きなアザミ |
ベースキャンプでの最後の朝食 |
◆山からシムエールホテルに降りてシャワーを浴びてホテルの庭の大きなテントで昼食。夜6時から裏山にケナンさん
引率の元、化石を採りに行く。夕食後、ガイドのヨセフが撮影した写真をホテルの2階のロビーでパソコンで見る。CD
−Rをくれた。登山中に、ガイドのヨセフが随分写真を撮っているなと思っていたがこういうことだったのか。
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山から降りてきてシャワーを浴びて一杯 |
8月9日(水)シムエールホテルでの昼食 |
8月9日(水)シムエールホテルでの昼食 |
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トルココーヒー |
化石を採りに行った裏山(片道2k) |
化石 |
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化石 |
化石 |
ホテルで売っていた化石(ヒトデ、アンモナイトなど) |
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私の拾ってきた300年前の土器 |
私の拾ってきた化石 |
8月10日(木)ドゥバヤジット周辺の観光(イラン国境、メテオホール、ノアの箱舟の化石、イサク・バシャ宮殿、アハメッ
ド・ハリの墓、イランマーケットなど)
◆ドゥバヤジットはイランとの国境の町で軍隊の施設があちらこちらと見られた。町の中に軍の人もいるし、戦車や装
甲車が沢山並んでいた。
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メテオホール |
メテオホール |
◆メテオホール(世界有数の隕石のクレーター)直径35m、深さ60mだが現在は半分くらい埋まってしまって深さは3
0m。
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ノアの箱舟 |
ノアの箱舟のビジターセンター |
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イサク・バシャ宮殿 |
イサク・バシャ宮殿 |
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イサク・バシャ宮殿の入場チケット |
8月10日(木)の昼食 |
8月11日(金)ドゥバヤジット=バス=エルズルム、ヤクティエ神学校=イスタンブール=ナイトクラブでショーを鑑賞
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エルズルム風のケバブ |
エルズルムで昼食を食べた店 |
ヤクティエ神学校 |
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ヤクティエ神学校の前で |
ヤクティエ神学校の入場チケット |
ヤクティエ神学校の中 |
◆トルココーヒーは高級なのでトルコ人は一般的にティーを飲む。インスタントコーヒーはネスカフェと言われている。
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ティー |
エルズルムからイスタンブールへの飛行機から |
◆イスタンブール最後の夜はヒルトンホテルの隣のナイトクラブで夕食。お客は世界中から来ている。ベリーダンスはオ
スマントルコの時代にハーレムで踊られていたと言う。
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ナイトクラブ |
バンド演奏 |
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民族ダンス |
コザックダンス |
ナイスなお姉さん達の
素敵なベリーダンス
8月12日(土)イスタンブール=グランドバザール=イスタンブール
◆前日の昼食が原因で食中毒になり私は発熱と下痢でこの日の聖ソフィア大聖堂やブルーモスク、トプカプ宮殿などの
観光が出来なかった。日本に帰ってからも下痢が治らず仕事を休んだ。ヒルトンホテルの朝食も果物を一口食べただ
けで昼食も抜いて、機内食2回もほとんど食べれなかった。
帰国してからの診察の結果
名称 |
毒素原性大腸菌O−8 |
原因 |
主に肉ですが肉と野菜を同じまな板で調理した場合など野菜からも検出されることがある。 |
症状 |
下痢、発熱。人によっては嘔吐。 |
潜伏期間 |
12時間(食べた量にもよる)。 |
治療法 |
抗生物質の「ホスミシン」(錠剤)を5日間〜1週間飲むと原因菌は死滅する。ほっといても数週間から一ヶ月ぐらで自然治癒で直る。 |
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イスタンブール |
グランドバザールの入口 |
グランドバザールの中 |
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ファーストフード |
グランドバザールの店で |
トルコ山岳ガイド組合40周年記念バッジ |
◆現地ガイドに聞いてもアララット山のTシャツやバッジは売っていないと言われたがヨセフガイドがポーチにバッジをつ
けていたので1個しかないバッジを「ごねて、ごねて」後でこっそりケナン(日本語ガイド)を通して頂いた。
8月13日(日)成田帰国
◆トルコ旅行10日間、一滴の雨も降らなかった。トルコは一番暑い時期でイスタンブール以外は山も含めてほこりぽ
かった。
◆トルコ共和国は短期間の滞在はビザは入らないのですがアララット山を登る人はアララット山が軍隊の管理下にある
ため登山ビザを事前にとる必要がある。今回も入山と下山に軍隊に行った。ヨセフガイドが山から携帯電話で8時間お
きに軍隊に電話を入れていた。
◆アララット山には4本の登山ルートがあるが今回は一番登りやすい南面のルートから登った。地図に記載されている
エリ村はなくなっている。
現地の旅行会社「GEMINI」から頂いたアララット山の登頂証明書 |
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